
東京という先ず渋谷、新宿、六本木などが思い浮かんできますが、東京を語るには江戸の昔から町人文化や交通の拠点として大いに
栄えた浅草から日本橋そして銀座と続くこの界隈を抜きにしては語ることはできません。渋谷、新宿、六本木とは格が違うといったら
怒られるかもしれませんが、街としては大先輩であることは間違いありません。
私自身は東京の西郊で生まれ育ったので、この界隈との縁は比較的薄かったのですが、実際に職場をかまえてみると実に居心地が
よく、歴史的、文化的にも非常に興味をひかれ、いろいろとひも解いてみると、400年前に徳川家康が入府して以来この界隈を中心に
江戸から東京が発展していったのだという大きな歴史の流れを肌で感じるのです。
スタジオの所在地は日本橋蛎殻町(カキガラチョウ)といいい、
その昔は江戸前の海で牡蠣の殻が散乱しているような浜辺であった
ことを想像させます。
この界隈は海からの潮が隅田川を上って日本橋川に満ちてくると、
風向きによって濃い汐の匂いが漂い、隅田川の墨堤を越えてやって
くる海風がとても心地よいのです。
つい先日、江戸の古地図を眺めていたらこのスタジオがある場所は
江戸幕府の大老も務めた酒井雅楽頭家の蔵屋敷があった場所と
記されていました。
蔵屋敷は大名の倉庫のような場所で、国元から輸送され、日本橋
河岸へあがる物産の集積場であったといいます。私と同じ姓名と
いうこともあり、妙な縁を感じるのですが、残念ながら私の家系は
雅楽頭家とは全く関係ありません。 |

囲ってある線のど真ん中が酒井雅楽頭。
矢印の場所は安藤長門守信正 |
◆スタジオの北側(老舗が軒をならべる観光地)
スタジオの前の道は人形町を代表する老舗が集まった甘酒横丁となり、やがて明治座のある都営新宿線の浜町の駅まで続きます。
この道には行列で有名な親子丼の「玉ひで」、明治創業の洋食屋「小春軒」、京粕漬けの名店「魚久」、人形町通りを越えた甘酒横丁
には鯛焼で有名な「柳屋」などが軒を並べおり、海外からの観光客でも賑わっています。
また、もともと人形町界隈は芳町といわれた花街でもあり、人形町交差点方面を少し入ると、芸者さんの三味線が聞こえてきそうな
たたずまいが残っています。

「玉ひで」は今日も行列。 |

京粕漬の名店「魚久」 |

花町の名残り |
◆スタジオの南側(金融ビジネスの拠点)
スタジオの南側(甘酒横丁方面と反対側)は日本橋川を越えて茅場町に続く金融街で、東京証券取引所をはじめ、証券会社が林立し、
北側とは相対的な近代ビジネスの拠点となっています。そして築地、銀座へと街は続いていきます。
◆スタジオの西側(日本橋、三越、高島屋・・そして東京駅)
西側はなんといっても日本橋です。映画「ALWAYS三丁目の夕日」でも戦後の風景がCGで再現されました。日本橋川にかかるこの橋
は江戸時代に諸街道の起点とされ、現在では日本国道路元標が設置されています。日本の中心はどこかといったらまさにこの場所が
中心といっても間違いはないでしょう。
スタジオからは徒歩10分以内で日本橋そして三越本店に行くことができます。東京駅もすぐ近くですから元気のいい方は徒歩でも
可能です。

三越前6B出口より見た日本橋 |

そして三越本店 |
◆スタジオの東側(隅田川を越えて広がる粋な下町)
東側は隅田川に面して、水天宮そして箱崎の東京シティーエアターミナル(TCAT)があり、
成田空港へのリムジンバスの発着拠点となっています。隅田川を渡れば深川、木場、門前仲町など粋な下町エリアが広がります。
長くなりましたが、スタジオを取り囲むこの界隈は江戸時代からの歴史の重みと金融という近代ビジネスの融合した魅力ある街です。
そして交通の要所でもあり、羽田空港からは人形町駅まで乗り換えなし、東京駅からも至近距離、海外からは成田空港‐TCATの
リムジンバスで60分、地下鉄の駅は水天宮前、人形町、浜町、茅場町、三越前の5駅が徒歩圏内で利用できるという利便性です。
是非、この界隈の散策もかねてスタジオにお越しください。
最後に、この地でプライムエデュケーションの新たな展開がスタートできることを感謝するとともに、業界や地域にしっかりと貢献
できるスタジオを目指して従業員一同新たな気持ちで取り組んでまいりたいと思います。
2009年9月14日
文責
株式会社プライムエデュケーション
酒井 東吾 |